今年もNHKラジオ「歌の日曜散歩」にレギュラー出演しています。
基本的に、毎月末の日曜日午前10時30分頃からの出演で、
2月11日は、鹿児島県種子島の「沖ケ浜田黒糖」をご紹介します。
ほどよい雑味が素敵な甘さをもたらす、逸品砂糖です。
製法や楽しみ方のコツもお話ししますので、
どうぞお聞きになってください。
なお、今年の「ラジオ深夜便」は、4日連続で“食べ物ばなし”をお話します。
次回は3月26、27、28、29日に放送の予定です。
正確な時間などくわしいことは、またお知らせします。
今年もNHKラジオ「歌の日曜散歩」にレギュラー出演しています。
基本的に、毎月末の日曜日午前10時30分頃からの出演で、
1月28日は、秋田県の「比内地鶏」をご紹介します。
「薩摩地鶏」「名古屋コーチン」と並ぶ日本三大地鶏の一つです。
「比内地鶏」は比内鶏とロードアイランドレッド種のメスから生まれる食用種で、
とりわけ秋田の郷土料理・きりたんぽ鍋にぴったりの地鶏です。
どうぞお聞きになってください。
なお、今年の「ラジオ深夜便」は、4日連続で“食べ物ばなし”をお話します。
次回は3月26、27、28、29日に放送の予定です。
正確な時間などくわしいことは、またお知らせします。
すき焼き老舗「ちんや」の住吉史彦さんが「適サシ肉宣言」をしてから一年がたち、霜降り絶対主義から適サシ主義へと世の中が動き始めました。
すき焼き肉は、部位ごとに異なった味わいがありますし、脂肪が多いほどおいしいとも言い切れません。ほどよいバランスをもった肉がいちばんですし、各部位を交互に食べるのも楽しいものです。
来週には、「適サシ肉宣言一周年記念 この辺りでもう一度肉のことを考えてみる会」が開催され、わたしもパネルディスカッションに参加し、自分なりの「好き焼き宣言」をお話しするつもりです。
会の模様はあらためてご報告しますので、どうぞお楽しみに。
町を歩けば「みかん」にぶつかる。東京・深川でのこと。江東区白河の深川江戸資料館を出てぶらぶらしていて、紀伊国屋文左衛門の墓を見つけた。近くにある清澄庭園は彼の別荘だったというから、少しも不思議はないのだが、紀伊国屋とわかったとたん、わたしの頭はみかんのことで一杯になってしまった。紀州生まれの文左衛門が特産のみかんを船に満載し、荒海を乗り切って江戸へ運んだという伝説を思い出したのだ。史実かどうかよくわからない話だが、江戸っ子には紀文の度胸のよさがしっかり刷り込まれている。
当時の紀州みかんは、ずいぶん小ぶりだったし、種もあったらしい。中国から伝わった原種に近いともいわれ、田道間守が伝えた橘の実がみかんの始まりという言い伝えがなんとなく納得できる。現代でも正月の鏡餅の飾り用などに、昔の品種がごく少量出回るようだ。また、鹿児島の桜島みかんも同種のものである。
いっぽう、遣唐使が鹿児島の長島へ伝えた温州みかんという系統もある。こちらは種がなく大粒なので食べやすく、みかんの主流になった。近代に入ると、早生や晩生の品種が開発され、近年はハウス栽培も盛んになるという具合で、みかんといえば温州みかんを指すようになっている。
温州みかんの早生種を代表する宮川早生と、九州の水郷・柳川で出合った。柳川藩の屋敷だった料亭旅館・御花を見学して土産品コーナーをのぞいたら、濃いみかん色をしたおいしそうなジュースが並んでいたのである。
ジュースは瓶入りで、お値段もなかなかのもの。説明書によると、明治時代の当主・立花寛治が農業による地域おこしを志して農園を開き、柳川で生み出された早生みかん・宮川早生を保護育成したそうだ。そのみかんが現代に至るまで立花家の農園で栽培され、ジュースとなっているのである。由来を知った以上は、ぜひとも飲んでみたい。ごくりとやると、濃くて、甘くて、酸味のほどがちょうどよい。その味に戦国時代以来の立花家四百年の歴史が重なるから、さらにおいしい。食べものは物語で彩られていっそう艶やかになるのである。
みかんは器に山盛りにしてこたつテーブルの上に置くものというイメージがある。たっぷりした量感が心をあたためてくれるのだ。もっとも、子どもたちにとっては、いいおもちゃが目の前にあるということなのだけれど。
有吉佐和子の小説『有田川』は、みかんに生涯を賭けた女性がヒロインだけに、川の氾濫に苦労しながらみかん栽培に奮闘する農家が描かれていて、読後は、あだおろそかにみかんを食べては罰があたると思ったものだ。その後、みかん産地を何カ所も取材し、現代もなおみかん農家の苦労が続いていることを知った。
白い花が咲き、黄色く色づいたみかん畑は、唱歌で歌われるとおりに美しくやさしい。たとえば、眼下に宇和海を望む愛媛県明浜町。真冬でも陽光がきらめき、濃緑の山にみかんの黄色が点々と広がる絶景の地で、石垣の整然した幾何美は世界遺産級である。
しかし、その畑をつくり、維持していくのは並大抵の労働ではない。みかんは温暖小雨、水はけと日当たりがよく、ミネラルを多く含む潮風の吹く土地を好むため、どの産地でも畑は海岸の傾斜地につくらざるをえないからだ。もっこで石をこつこつと運んで、段々畑を築くのである。
こうした海辺のみかん畑は各地にあるのだが、デコポンなど他の柑橘に転作されたり、放置されたままになっているところが少なくない。家庭からこたつが減ってみかんを食べる習慣が薄れたし、柑橘の種類が増えたうえ、輸入品の増加でみかんの消費量が激減しているのだ。
こんな状況を打破できる兆しもある。みかんの皮と牛乳を一緒に摂取すると花粉症の症状が緩和されるという研究が進んでいたり、養殖魚の餌にみかんの皮が用いられるようになっているのだ。愛媛では「みかん鯛」と呼ばれる。鯛が病気に強くなり、刺身にするとみかんがほんのり香る。
わたしは、旅行ではみかんを二、三個かばんに入れておき、車中で楽しむ。皮をむきつつ思い出すのは祖母のこと。母方の祖母はみかんを焼いて食べるのが好きで、皮をむいたみかんを小房に分けては長火鉢の網に並べ、ていねいに焼いていた。熱くなったみかんに炭の香がまとわりつき、おつな味になるのだ。みかんには思い出話がよく似合う。
長火鉢はさんで祖母と蜜柑かな 千縁子
「しみる」という言葉は、水が傷にしみる、だしが大根にしみる等いろいろな意味に使われる。じわじわじゅんじゅんと広がっていくイメージは、「染みる」と書くのがふさわしい。でも、わたしの場合は「凍(し)みる」を真っ先に連想する。寒中の時季、材料を野外で乾燥させる伝統食品が日本各地で生産されているからだ。寒冷だが雪がふらない気象条件を活用する技術で、夜間の寒さで凍り、太陽が出る日中には溶けて水分を出しを繰り返すうちに、凍結乾燥でからからに干し上がるのである。
できあがった「凍みもの」は、和食に必要不可欠なうえヘルシーな食材として海外でも注目を浴びている。寒天、寒干し大根、氷餅などだが、寒天以外は食遺産化しつつあるのが現状。せっかくの“食財”なのにもったいない。ちなみに、諏訪特産の氷餅のように、現地よりも都会で客の目にふれている凍みものもある。和菓子にトッピングされている、きらきら光るかき氷のようなあれは、氷餅をフレーク状に砕いたものなのである。
凍み豆腐(高野豆腐)も元々は凍みものだったが、残念なことに今や機械乾燥が常識で、別の食品になっている。
寒天産地の信州の諏訪や伊那、あるいは寒干し大根の神岡町などへ出かけるときは、南極か北極に行くぐらいの防寒対策が必要だ。雪国と違って湿気がないため、寒気がきーんと五体に突き刺さってくるのである。
意外にも、関東地方にも同様な気候がある。それは茨城県・奥久慈地方。水戸から北へ車で一時間半~二時間、すぐ先は福島という県境にあり、中心は大子町。凍結のニュースが毎年必ずテレビに映る袋田の滝のある町で、滝が凍るほどだから田んぼも凍る。
この風土が育てた逸品が凍みこんにゃく(略して凍みこん)で、現代は奥久慈だけが食用の凍みこんをつくっている。なお、最近は、普通のこんにゃくを家庭の冷凍庫で凍らせたものを「氷こんにゃく」と称している。
こんにゃくはグルコマンナンという体内で消化しない多糖類のおかげでお腹の掃除に効果大だし、ノンカロリーでもある。この特性は凍らせても不変なことから、氷こんにゃくも話題になっているのだが、奥久慈の凍みこんにゃくとは食感も味も似て非なるものだから、お間違えなきようご注意いただきたい。
本物の凍みこんは厚さ五ミリほどの名刺サイズ。かさこそした手ざわりの乳白色のスポンジ状で、一枚で生こんにゃく一丁分の繊維質を含むのだからすばらしい。
もっとも、製造の手間ひまのかかりようは半端ではない。稲藁を敷きつめた凍て田に、生のこんにゃく芋からつくった古式製法のこんにゃくの薄切りを並べるのだ。正月のかるた大会のような感じである。そして、夜間凍結と日中の解凍を繰り返すと、水分とアクが抜けてごく軽量の乾物に変身するのだ。
おまけ情報だが、凍みこんは、生芋だけに含まれるセラミドの働きで戻してから顔をこすると肌がつるつるになる。また止血剤に使えるほど液体の染みがよい。美肌効果は別として、染み込みのよさは料理には好都合だし、こんにゃく固有のしこしこぷるんとした食感も楽しめるから、メニューの幅が予想外に広い。
調理の基本はしっかり下味をつけること。生産者のおたくでは、各種煮物のほか卵とじにしたりもする。いずれも煮汁がじゅわっと広がる食感がたまらない。フライ、きんぴら、おこわの具にしても楽しい。この生産者の家は近年、輸出に熱心で、海外でスープの浮き実としてアピールしたら反応がよかったそうだから、まだまだ工夫の余地がある。
おもしろいのは、凍みこんはの大の消費地が山形県米沢市という事実。郷土料理の「冷や汁」という、冬でも冷たいまま食べる料理に入れるのだ。その理由を地元の人は誰も知らず、わたしも伝播の謎を探求中である。
しろがねに野づら一面凍み蒟蒻 千縁子