俳句エッセー〔5〕 「凍みこんにゃく」のしみじみ風味
「しみる」という言葉は、水が傷にしみる、だしが大根にしみる等いろいろな意味に使われる。じわじわじゅんじゅんと広がっていくイメージは、「染みる」と書くのがふさわしい。でも、わたしの場合は「凍(し)みる」を真っ先に連想する。寒中の時季、材料を野外で乾燥させる伝統食品が日本各地で生産されているからだ。寒冷だが雪がふらない気象条件を活用する技術で、夜間の寒さで凍り、太陽が出る日中には溶けて水分を出しを繰り返すうちに、凍結乾燥でからからに干し上がるのである。
できあがった「凍みもの」は、和食に必要不可欠なうえヘルシーな食材として海外でも注目を浴びている。寒天、寒干し大根、氷餅などだが、寒天以外は食遺産化しつつあるのが現状。せっかくの“食財”なのにもったいない。ちなみに、諏訪特産の氷餅のように、現地よりも都会で客の目にふれている凍みものもある。和菓子にトッピングされている、きらきら光るかき氷のようなあれは、氷餅をフレーク状に砕いたものなのである。
凍み豆腐(高野豆腐)も元々は凍みものだったが、残念なことに今や機械乾燥が常識で、別の食品になっている。
寒天産地の信州の諏訪や伊那、あるいは寒干し大根の神岡町などへ出かけるときは、南極か北極に行くぐらいの防寒対策が必要だ。雪国と違って湿気がないため、寒気がきーんと五体に突き刺さってくるのである。
意外にも、関東地方にも同様な気候がある。それは茨城県・奥久慈地方。水戸から北へ車で一時間半~二時間、すぐ先は福島という県境にあり、中心は大子町。凍結のニュースが毎年必ずテレビに映る袋田の滝のある町で、滝が凍るほどだから田んぼも凍る。
この風土が育てた逸品が凍みこんにゃく(略して凍みこん)で、現代は奥久慈だけが食用の凍みこんをつくっている。なお、最近は、普通のこんにゃくを家庭の冷凍庫で凍らせたものを「氷こんにゃく」と称している。
こんにゃくはグルコマンナンという体内で消化しない多糖類のおかげでお腹の掃除に効果大だし、ノンカロリーでもある。この特性は凍らせても不変なことから、氷こんにゃくも話題になっているのだが、奥久慈の凍みこんにゃくとは食感も味も似て非なるものだから、お間違えなきようご注意いただきたい。
本物の凍みこんは厚さ五ミリほどの名刺サイズ。かさこそした手ざわりの乳白色のスポンジ状で、一枚で生こんにゃく一丁分の繊維質を含むのだからすばらしい。
もっとも、製造の手間ひまのかかりようは半端ではない。稲藁を敷きつめた凍て田に、生のこんにゃく芋からつくった古式製法のこんにゃくの薄切りを並べるのだ。正月のかるた大会のような感じである。そして、夜間凍結と日中の解凍を繰り返すと、水分とアクが抜けてごく軽量の乾物に変身するのだ。
おまけ情報だが、凍みこんは、生芋だけに含まれるセラミドの働きで戻してから顔をこすると肌がつるつるになる。また止血剤に使えるほど液体の染みがよい。美肌効果は別として、染み込みのよさは料理には好都合だし、こんにゃく固有のしこしこぷるんとした食感も楽しめるから、メニューの幅が予想外に広い。
調理の基本はしっかり下味をつけること。生産者のおたくでは、各種煮物のほか卵とじにしたりもする。いずれも煮汁がじゅわっと広がる食感がたまらない。フライ、きんぴら、おこわの具にしても楽しい。この生産者の家は近年、輸出に熱心で、海外でスープの浮き実としてアピールしたら反応がよかったそうだから、まだまだ工夫の余地がある。
おもしろいのは、凍みこんはの大の消費地が山形県米沢市という事実。郷土料理の「冷や汁」という、冬でも冷たいまま食べる料理に入れるのだ。その理由を地元の人は誰も知らず、わたしも伝播の謎を探求中である。
しろがねに野づら一面凍み蒟蒻 千縁子
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